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クーポンは損?~例の補助金支給のころ考えたこと

 

ちょっと前にコロナ関連の補助を現金で支給するか、クーポンを配布するかという議論があった。

クーポンだと何となく使い勝手が悪いとか、現金で支給すると預貯金に回ってしまうので経済効果が小さいとかいう声があがったけれど、感覚的な議論が多かったみたいなので、例によってちょっとだけアカデミックに考察してみよう。

 

~効用最大化の考察~

 

まずは個人の消費者(家計)が、ある予算のもとで消費行動を行う際の、効用最大化の状況を図示してみよう(クリックで拡大)。

横(x)軸はx財の購入量(件の補助の場合は子育て用の財)、縦(y)軸はそれ以外の財サービスの量となっている(y財)。図の中の何本かある曲線「U」は両方の財の組み合わせによる個人(家計)の効用を表した無差別曲線で、二つの財の組み合わせで得られる効用(満足度)が等しくなるような組み合わせを表している。また、座標平面の右上方に行くほど効用が高くて(たくさん買えるから)かつ、同一の個人では複数の無差別曲線は交わらないと考えよう。

x財の価格をpx, y財の価格をpyとして、この人の当初の予算を Vとすると、購入が可能なのは、

(x・px)+(y・py)≦Vの範囲になる(x軸、y軸の切片はそれぞれ予算全部を片方の財に費やした場合の購入量)ので、先ほどの条件と合わせると、最も効率的な両財の組み合わせは、直線 x+y=Vの直線(図の直線a-b)と効用の無差別曲線が接している点となり、図では点XでUの効用が得られることになる。

この人に補助(金額S:)が出る場合の方法としては、本人に直接支給するものと、対象となる購入に際して補助がなされる方法が考えられる。今回で言えば、直接支給が現金給付、間接補助がクーポンの配布だ。両者の大きな違いは、何にでも使える(なぜって現金だから)か、対象となる財の購入の場合にだけ使えるか、という点になってくる。

もう一度図で見てみよう。補助の大きさをSとすると、購入予算が「V」から「V+S]に増加(右にシフト)して、予算の制約が変わり、

x・px+y・py≦V+S

となるわけ。

ここで注目する点は、現金給付の場合は使用方法に制約がなかったものが、クーポンのは財xにしか使えないから、財yの購入量上限は、補助前と同じ「V/py」のままであるっていうこと。

図で言うと、現金給付の場合の予算制約線は 直線 e ーd、クーポンの場合は aーcーd  となってくる。

図の場合ではどちらも新しい効用無差別曲線「U' 」と点X’ で接していて、補助前より効用が増加(無差別曲線が右上方だから)している。

だけど人々の効用の態様はいろいろなのだ。仮に全く別の効用関数を持つ場合、例えば図の「U”」の形の無差別曲線があった場合、直線eーcと点X”で接しているのだけれど、この範囲の予算が使えるのは現金給付の場合だけで、クーポンの場合は予算オーバーというわけ。

結局三角形 eーcーaの部分が(クーポンの場合には)利用不能の、不効率部分となってしまった。

 

 

こんな感じの補助の形態に関する議論は、クーポン以外にも例えば、ある財・サービスの購入時に費用補助が出される場合などでも成り立ってくる。

さて、だからどんな場合でもクーポン方式が現金給付に劣るのかというと、これが必ずしもそうじゃない。例えば当該補助に「財Xを購入させる」という誘導目的がある場合。

個々人に自由に選ばせて効用最大化を目指す場合より、クーポン方式のように予算に制限を与えたほうが、財xについては多く購入される場合があるから、そこに意図的に誘導することができるわけ。今回で言えば、「どうしてもおむつを買わせたい!」っていう感じ。

他にも、特殊な効用無差別曲線を持っている人、例えばギャンブルやアルコール依存症の人は、何に使っても良いよと言われれば全部アルコールに消えてしまったりパチンコですってしまいかねないから、それは良くないよね。とか。

 

~クーポンは本当に使われるのか~

さてクーポンやポイント自体は世の中でかなりポピュラーな存在になってきたけれど、事業者がこの手法を使った場合に、どのような経済事象が起きているんだろうか?今度は会計的に追いかけてみよう。

 

商品・サービス購入に使用可能なポイントを発行した場合を例にとって考えてみる。

このクーポン(ポイントでも同じ)が使われると、提示を受けた事業者は商品やサービスを提供する義務がある。でもそこで通常受け取れるはずの代価をお金で得ることができない(だってポイントだから)。

これを会計的に記録する方法としては、従来次のような感じで考えられていた。

 

①クーポン交付年度に考えられる将来の負担を引当(将来の負債)として計上する方法

いわゆる発生主義会計(現金収支ベースより正確な会計の方式)では、クーポン発行という行為で将来発生する(クーポンが使用されるという)コストの原因がすでに存在しているっていうことから、年度末に残っているポイント残高のうち使われそうな金額!を負債として計上する方法がとられていた(残高が増えれば費用が計上されて負債も増えるイメージ)。

ポイントが使用されたときは、(売上はポイント分を差し引く前の総額で計上されて、その分入金が減るので)、ポイント使用部分を売上控除項目や費用(例えば宣伝広告費)で補充して、こんな感じ(100円の購入に10円分のポイントが使われた)になる。

 

借方)現金       90円

売上値引(or宣伝広告費) 10円

          貸方)  売上       100円

 

 

もしこのほかにポイントの増減がないとすると、年度末のポイント引当金が10円分減少するはずなので、戻し入れが起こってくる(負債の減少=利益の増加)。ただしこれは10円じゃない。なぜって期末の引当金は、「残高のうち使われそうな金額」だから。つまり。減った10円のポイントに、将来ポイントが使われそうな確率をかけた金額が利益として戻し入れられる。

式で書くと  10×引当率(ポイントが使われそうな確からしさ)=戻入額

ここのところ分かりづらいかもしれないので、例えばポイントの7割が使われるという前提にすると

利益の減少  ポイントに使われた                    10円

利益の増加(負債減少)  使用(減少)ポイントに引当率をかけた金額    7円

差引 利益への影響                            3円

過去にこのポイントの分として(ポイント付与年度)に7円が引き当て増加分として費用計上されているはずだから、トータルとしては現金収支会計と同じく今年の売り上げ減少分だけが残る計算。

なおポイントが失効した分は残高として算定されないから、それでも戻入が起こる。

随分とまどろっこしいけれど結局は、現金が入ってきた分だけ企業側はもうかるってことだ。当たり前だけど。

 

②新しい収益認識基準による処理

この度国際会計基準に合わせて日本の収益認識基準が大きく変わった(適用はR3年度)。新しい基準では①で説明した引当の考え方に換えて「事業体が負う履行義務の遂行に合わせ、配分された対価を収益として認識する」ことになった。おおざっぱな感じとしては①の引当に相当する分は初めから収益に計上されないことになってくる。

 

新旧の会計方法に共通していえるのは、クーポンの使用額が最終的に金額として返ってくる(発生主義会計の場合にも差額として使用額が売上から控除される)っていうところ。事業者側の視点では、ポイントやクーポンは宣伝広告の意味合いが強くて、本音を言えば広告効果が大きく出て、クーポン自体は使われないというのが一番好ましいわけ(すべての事業者がそうかはわかりません)。

 

 

~感想~

今回の補助については、結局ほとんどの自治体で現金給付が選択された模様だけれど、クーポンで支給されていれば民間事業者と同じことが起きる。

クーポン付与時には財政的な支出は生じない。でも事務費用はすごくかかる。そしてクーポンが使用されたときにはじめてクーポン本体についての財政負担が生じる。クーポンの方が現金より、「早く使ったほうが良い」というインセンティブは働くのかもしれないけれど、全部が使われる保証はなくて、経済効果の点では、現金の「いつかは何かに支出されるかもしれない」金額との比較においてどちらが有効かという点は良くわからない。対象商品にどうしても使わせたいという誘導的な意図があったのかどうかも、クーポンの対象が定かでないので何ともいえないところだし、少なくとも支給を受けた人たちの大部分がアルコールやギャンブルの依存症だと考えていたわけじゃじゃなかったとは思う。。宣伝効果が大きくて使われないほうが良いとか??

それからもう一つ。そもそもクーポンやポイントは、それがポピュラーになればなるほど通貨に近い使い方ができる。アマゾンのクーポンなんてその最たるものだけれど、特殊な状況では通貨と同等の流通力だって持ちうる。そうすると今回のような経済学的な議論は前提が変わってくるし、もっと特殊な状況では、クーポンがその国の通貨よりも流通力を持つことだって考えられる。

ものすごいインフレでお札が紙くず同然になって、世界で通用するアマゾンのクーポンの方が受け入れられ易いとかね。歴史上は実はそれに近いことが何度か起こっている。

通貨はお金だ。そしてクーポンはお金じゃあない。そう考えると実は、お金(貨幣)って一体何なんだろう?っていう素朴な疑問もわいてくるよね。

 

 

 

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